坂田古典音楽研究所主催
『第1回コンサティーナの集い』 2000年7月19日(土)13:30〜 湯島聖堂会議室にて
◎要予約(当日申し込み不可) ◎定員30名!

プログラム
1. click!「コンサティーナ音楽会 パート1」
2. click!「コンサティーナ小史」
3. click!「コンサティーナ談義」
4. click!「コンサティーナ音楽会 パート2」
5. click!「新旧コンサティーナ展示」
1. 「コンサティーナ音楽会 パート1」

1. 「メヌエットとトリオ」 ジョン・C・ワード作曲(Op.19,1883)
Con,1 津曲真一氏 Con,2 田岡美樹子さん Con,3 坂田進一

2. 「アングロ模範集」
A. モルダウのテーマ
B. 君をのせて(宮崎駿のアニメ「天空の城ラピュタ」主題歌)
Con,1 津曲真一氏 Con,2 田岡美樹子さん Con,3 坂田進一

3. 英国民謡メドレー

4. 賛美歌
A. 主よわれをば・かみともにいまして
B. うるわしの白百合
Con,1 津曲真一氏 Con,2 田岡美樹子さん Org, 坂田進一

5. アイリッシュ集
Con,1 津曲真一氏  Con,2 田岡美樹子さん Whistle, 坂田進一

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2. 「コンサティーナ小史」
1. フリーリードの楽器属とその起源。
「笙」中国及び日本の古典楽器で、八音部類中の「匏」類に属し、自由な調律ができる「簧」「した」(リード)を持ちます。 紀元前約3000(2852)年ほど前にこの楽器に関する記述があります。
 今なお、少数民族間では原始的な体裁を保った「笙」があり、葫瓢(ひょうたん)の胴に蘆(あし)の管、さらには竹の簧を 備えたものがあります。この「笙」は文献上は数百年前からヨーロッパにはあったのですが、実際に初めてヨーロッパに持ち込んだのがピエール・アミティオで、1777年のことです。以来「笙」は模索改良され、さまざまな楽器へと姿を変えました。
●C・F・ルートヴィッヒ・ブッシュマン(1805〜1864)は、調律器を改良した「アウラ」(アエオラ)(下写真)を1821年に創作し、
さらに改良して同年、「ハンドエオリーネ」を作り特許を取りました。
また、シリルス・デミアン(1772〜1847)はウィーンにおいて、伴奏のためのコードが奏ける楽器を作って1829年に特許を取り、
「アコーディオン」と命名しました。1830年からは、ベルギーのシャルル・ビュフェーによって「アコーディオン」は製品化されました。
●1834年にC・F・ウルリッヒ(1769〜1874)によって製作されたアングロ・ジャーマン
●1845年頃「アエオラ」(エオリア)からヒントを得て、デュエット式の基が作られました。
●ハインリッヒ・バンド(1821〜1860)のバンドネオンは 、ディアトニック式では初めての半音階が演奏できるように作られた楽器でした。

ウィートストンの名器「アエオラ」(1914年)


2. コンサティーナの発明
英国の代表的なコンサティーナ・メーカー
●現在、イギリスを中心にドイツやヨーロッパ各国の個人生産品もありますが、到底需要に追いつかず、しかも水準に達していない楽器が多いようです。従って、第1回目は手始めとして、先ず、オーソドックスなメーカーを御紹介することにしました。
 A.ウィートストン
 B.ラケナル ロンドン
 C.ブージー&ホークス
 D.メツラー
 E.ジェフリーズ
 F.クラブ
A.ウィートストン ロンドン--------------------------------------------
●ウィートストン社(家)は1750年に創業しました。音楽出版および、さまざまな楽器の製造をしていましたが、中でもチャールズ・ウィートストン卿(1802〜1875)は物理学者として1827年に電信に使用する電気抵抗器の「ウィートストン碍子」を発明(全世界、もちろん日本においても文明開花の当初から、何十年か前までは使用されていました)した著名な発明家でした。1829年にはコンサティナの前身ともいうべき「シンフォニウム」(下写真)を創作して特許を取り、その後の1844年にはこのシンフォニウムを改良した「イングッシュ・コンサティーナ」を考案してさらに特許を重ねました。これは、ちょうどそのころ流行し出したばかりの、デミアンやブッシュマンの試行錯誤中のアコーディオンとは格段の差で、六角形、4列、3オクターブ半〜4オクターブの半音階を完備し、音の強弱や、感情移入も容易く、その上、何よりも限りなく軽であるというもので、それまでの常識を破って世間をあっと言わせたものでした。ただ、その初期のリードはリード・オルガン(ハーモニウム)と同様にブラス・リードで、上品で円やかな音色でしたが、やや音量と表現力とに欠けたため、1800年代の後半にはスティールリードに替えました。以来今日まで、その発明をした当の専門メーカーとしての矜持と、250年間の社史を守り抜き、ただ一社のみ残った孤高の商標ウィートストン・コンサティーナをエセックスにある工場で作り続けています。

ウィートストン「シンフォニウム」(1829年頃)

少し進化したオープンパレット式ウィートストン(1830年頃)

●少し前のイギリス絵画や映画などの題材として、よく見かけた玉手箱のような形をした、祖父や祖母が演奏する古めかしい楽器。などというイメージが強いコンサティーナです。やはりその最盛期は19世紀の後半のイギリスでした。庶民から貴族にまで幅広く愛され、当時、イングリッシュ・コンサティーナは廉価なものですと30シリングから、高価な特注品ですと20ギニーまでの格差がありましたが、主眼をその階層に適した購買力において成功し、イギリスばかりでなく、全世界に瞬く間に普及したのです。
B.ラケナル ロンドン--------------------------------------------------------------
 ルイーズ・ラケナルはウィートストンの家系で、ウィートストンが特許を取得して直ぐにウィートストン・イングリッシュの特許使用権利を得ていて、既に1840年代の後半にはそのラケナル・ラベルで楽器を販売しています。
 1850〜60年代にかけて、コンサティーナ発展のための様々な模索がされましたが、アングロ・ジャーマン、(若しくはアングロ・コンサティーナ)が口で吹奏するハーモニカを参考に製作されるや、これがさらにコンサティーナの大衆化に拍車をかけました。イングリッシュ式は習得するのには規則的な練習を積み重ねなければなりませんでしたが、このアングロ式は耳で覚えて演奏する人々には最適であったため、民謡界やカントリーダンス、また、アイルランドのケルト音楽や教会で正規の音楽教育を受けなかった人々に、両手をあげて歓迎されたものでした。さらに、デュエット式はイングリッシュ式の左右交互に音階を作り出すのと違い、同じ側で半音階が演奏できる特典があります。片側で旋律、反対側で伴奏ということもできます。これには5列のものと6列のものとがあります。
 1910年にウィートストン社から正式に分離したラケナル社は、このアングロ式の総生産量の約半分を生産し、イギリス国内はもとよりドイツに進出して、一時はウィートストン社を凌ぐ勢いでしたが、1930年代になるとレコード音楽の普及が目覚ましく、クラシックはもとより、スウィングやジャズの流行に眼を奪れ、レコード音楽に逃れた若者にはコンサティーナはもはや古臭いオールドファッションの楽器としか映りませんでした。そうして、これら時代の趨勢は、全コンサティーナ業界にとってはもはや挽回できない運命であったのです。このような状態が長く続けば、優秀な職人は維持できませんでした。
●アイルランドにおけるケルト音楽の振興は、西暦2000年現在、目覚ましいものがありますが、実はアイリッシュではもともとコンサティーナ(特にアングロ式)を多用していましたが、楽器の生産が廃されたために、止むを得ずにボタン式のメロディオン(ディアトニック・アコーディオン)を使うようになり、今日では定席を占めるようになりました。しかし、この数年来、アングロ式に戻って成功しているバンドも多くなりました。
 さて、業界を二分していたラケナル社も経営に行き詰まり、ついに1936年に廃業してしまいました。
C.ブージー&ホークス ロンドン-------------------------------------------------
 トーマス・ブージーによって創業された楽譜出版業者でした。もともとはフランス系の家系で、ウィートストンと同様に古く、ロンドンで1795年頃には開店しています。1856年からは各種楽器の製作を始めました。ちょうどコンサティーナ全盛期でしたので製作も手掛けたのですが、特許の問題等があって成功せず、すぐに撤退をしてしまいましたので、このラベルの楽器があれば非常に珍しいのです。1930年にはホークス&サンを合併に、さらに幾つもの会社を吸収して今日に至っています。日本吹奏楽の黎明期、薩摩藩が最初に楽器を購入したベッソン社(1858年ロンドンに本店を移転)も、1970年代にブージーに合併されています。
D.メツラー ロンドン----------------------------------------------------------
●ロンドンの楽器販売店。ウィートストン社の製品に自社ブランドを冠して販売していました。ですから、中身は全くウィートストン社のものにほかなりません。
E.ジェフリーズ----------------------------------------------------------------
●C・ジェフリーズによって、1800年代後半にアングロを主体に製作していました。すべて普及品から中級品で、到底ウィートストンの好敵手とはなりえませんでした。
F.クラブ&サン----------------------------------------------------------------
●ハリー・クラブとその息子ネヴィル親子によって半世紀以上一貫して営業され、自作のほかに修理をしていました。かなり良質なイングリッシュも製作していて、70年代後半から80年代初めまでは営業していましたが、惜しいことに現在は廃業しています。
◇付け足し◇
 主催者・坂田は、今までウィートストン、ラケナル両社の上級品で演奏していました。
 その内、現在まで手元に遺って愛用し続けているものは・・・
ラケナル社の
クレーン式      /ザ・トライアンフ No.4631
イングリッシュ式  /エディオフォーン No.45259 ニ機種で、
このクレーン式のほうは、クラブのハリー親方が未だ健在であった頃、親方にオーバーホールしてもらい、ロンドンの同店で購入したもので以来、既に30年近く演奏しています。さらに、この楽器と同型のモデルを先行して愛用していましたが、これはNo.4632の製品番号(写真・3台の真ん中)で、図らずも!愛器のすぐ下の実の弟でした。ピッチはイギリス式のハイ・ピッチ(A=452.4)で、とても良かった)のですが他の楽器と合奏することが出来ず、29年ほど前に泣く泣く渡辺氏にピッチを442に下げてもらった記憶が残ります。「アコ150年祭」など一連の演奏は、この楽器でしたものです。で、この楽器は現在、以前に教えた駿河台・YWCAの元副校長M女史(既に引退)の所有となっています。

3. 代表的なコンサティーナ・システム
A.イングルッシュ
B.デュエット
C.クレーン[トライアンフ]
D.アングロ[ジャーマン]

4. 古今の著名演奏家。アルフレッド・エドワーズなど。
●コンサティーナの演奏家として最も有名なのが、スイス生まれのジュリオ・リゴンディ(1822〜1872)下写真で、かれは最初にギタリストとして成功しましたが、ウィートストンのコンサティーナと出会うことにより、その後の人生をこの楽器のために過ごすことになりました。

ジュリオ・リコンディ(1822〜1872)

1831年イギリスに渡り、彼の友人リチャード・ブレグレーブ(1826〜1895)はリゴンディのためにすぐれたイングリッシュ・コンサティーナの曲を書きましたし、自身、コンサティーナ奏者としても活躍しました。
 ブレグレーブは王立音楽院でヴィオラも学び、後には教授になった人ですが、1869年に彼ら夫妻がウィンザー城でコンサティーナの音楽会をしたときは、トレブル、テナー、ベース、ダブルベースを使って演奏しました。
 アルフレッド・エドワーズは、この楽器を最も大衆化した功労者です。すでに17才のときには、レヴューの席上、母親と一緒にミニチュアのテナー・コンサティーナを演奏していました。後年、英国における最高(すなわち世界一)のいコンサティーナ奏者として認められましたが、権威あるオールドバラ・フェスティヴァル(音楽祭)には長年ベンジャミン・ブリテンのゲストとしても参加しました。
 また、今世紀の作曲家、チャールズ・アイブス(1874〜1954)やパーシィ・グレンガー(1882〜1961)などはコンサティーナのための曲を書きました。

5. 救世軍採用のコンサティーナ. 発展と衰退. リバイバルを経て現在までの状況などその頃、ロンドンを中心としたキリスト教の中でも、宣教活動に積極的なメソジスト系の各派や福音(ホーリネス派)、また、救世軍(1865年創立、それ以前は東ロンドン宣教会といった)では、早くから民衆のための伝導に重きにおいていました。中でも救世軍は、世界的な波に乗った活動を展開していて、市民の生活に密着した街頭での布教活動が多く、そのために全天候型の楽器(ブラスバンド)や、携帯性に富んだ楽器を必要としていました。もちろんイングリッシュ式やアングロジャーマン式のコンサティーナも採用(1903年頃出版・救世軍編『Concertina Tutor』参照)していて、このアングロ式を改良したものを、最初、「救世軍コンサティーナ」として正式に採用していたのです。明治年間にイギリスに留学した植村増造先生(後に中将)から、主催者坂田は、この楽器と前記教則本を十代後半の頃に頂き、最初にコンサティーナを練習しましたが、すぐに行き詰まり、イングリッシュとクレーン式を別々な宣教師から習いました。

救世軍最初の『コンサティーナ教則本』(1903年頃)

救世軍刊『トライアンフ・コンサティーナ教則本』(1938年)

ウィートストン『イングリッシュ・コンサティーナ教則本』 アルフレッド・エドワーズ著(1960年)

明治の「救世軍のコンサティーナ」は今のアングロとあまり変わりません。ただ、いろいろな調性の伴奏型に対応出来るよう配慮されていましたが、旋律を奏こうとすると無理があり、従来のイングリッシュ式は旋律性やパッセージには優れていましたが、伴奏型には劣ると いうジレンマがありました。 <注・コンサティーナは、近代アコーディオンが未だ完成以前の楽器ということを思えば、これらの記載に頷か
れることでしょう>
 惜しいかな!この植村先生の遺品の救世軍式そのものは、よく記憶しているのですが、どこでどう手元を離れたか、その後の写真3台中にはなく、現在ではまったく記憶にないのです。  救世軍式のこの楽器は左右僅かに26キィでしたが、とても良く考えられた楽器で中央のCから2オクターブの部分は完全な半音階が演奏で きたものの残念なことに押し引きの違うディアトニック式のため、到底高度な音楽的要求を満たすことが出来ませんでした。また、ブラスバンドの調性は♭系が多くこれと合奏するにはかなりの習練を要したために、さらに特別なコンサティーナを考案する必要に迫られ、その後、デュエット式をさらに改良したクレーン式を採用して左右5列にし、これをこの型の特徴である三角形を基本とした指法と、"勝利者"の意味 をとって「ザ・トライアンフ」と命名したのです。
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3. 「コンサティーナ四方山談義」

左より(敬称略)高久 暁(兼・司会),坂田 進一,金子 万久,渡辺 節男 各氏

 司会:各種コンサティーナと、関連同族のリード楽器の演奏を色々と鑑賞し、簡単なその歴史をみてまいりました。
・・・ここで改めてゲストをご紹介し、四方山談義へと移っていくことに致しましょう。
1. 各人がコンサティーナを認識したきっかけから、学習、習得まで、一方、渡辺氏は楽器商として、金子氏はプロのアコ奏きとして
コンサティーナを認識した頃。
2. コンサティーナを坂田が初めて渡辺楽器店に持って来た頃。「アコーディオン・ジャーナル」掲載の頃。
1972年11月18日(土) 第1回発表会「谷口アコーディオン・スクール」ゲスト出演(下写真)

『アコーディオン・ジャーナル』1973年1月号掲載
1972年11月18日(土) 前川康雄門下生による
第1回発表回「谷口アコーディオン・スクール」の写真
坂田進一が友情出演しています。右下写真









『アコーディオン・ジャーナル』1973年2月号掲載写真より
「坂田進一愛用コンサティーナ」



3. 1979年4月18/19日、有楽町・日劇における「アコーディオン150年祭」と
1980年4月19日、NHK「音楽の広場」における「アコーディオン世界を駆ける」の頃。(下写真)

『アコーディオン・ジャーナル』1980年6月掲載写真より
「アコーディオン150年祭」関連
1980年4月19日、NHK「音楽の広場」の写真
坂田進一がコンサティーナを独奏しています。(中右写真)









4. 演奏家、楽器商の立場からみた、コンサティーナと他のリード楽器との違い。
5. 調律や修理の難易程度。
6. 演奏頻度、また、日常の販売状況と修理の頻度からみた普及度。
7. その他。
8. 質疑応答。
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4. 「コンサティーナ音楽会 パート2」

6. 「ファンタジア 1」 ゲオルク・フィリップ・テレマン作曲(1681〜1767)
Con,1 津曲真一氏 Harp, 高久 暁氏

7. 「英 国 民 謡 集」 坂田進一編曲(1970)
コンサティーナ:坂田進一

8. 「千 歳 の 岩」 E・O・エクセル作曲(1970)
Con, 坂田進一

9. 「天 使 の ミ ロ ン ガ」 アストル・ピアソラ
Con, 津曲真一氏 Pf, 高久 暁氏 Vn, 坂田進一

10. 「麗しのウィーン娘」 アントン・フンメル
ハーモニカ:高久 暁氏 コントラ・ギター:坂田進一

11. 「我が心に届きし歌」 ジュリアン・ジョーダン作曲
Con, 坂田進一  Pf, 高久 暁氏

12. 「ボタン・アコーディオン模範演奏」
ボタン・アコーディオン:金子万久氏

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5. 「新旧コンサティーナ展示」
(株)モリダイラ楽器ご提供・各個人蔵(かっこ内お名前・敬称略)
旧--------------------------------------------
ウィートストン
1.イングリッシュ/No.10466
2.イングリッシュ
ラケナル
3.クレーン/ザ・トライアンフ No.4631(坂田)
4.イングリッシュ/エディオフォーン No.45259(坂田)
5.イングリッシュ/No.42045(林)
6.イングリッシュ/No.41088(田岡)
新--------------------------------------------
バスターリ(現在スタギ社に合併)
7.アングロ40キィ(加藤)
8.イングリッシュ56キィ(津曲)
ホーナー
9.イングリッシュ48キィ(八木)
これより以下はすべて(株)モリダイラ楽器様提供
モリダイラ楽器 中村氏による楽器紹介もありました。
スタギ
10.イングリッシュ
11.イングリッシュ
12.デュエット
13.デュエット
14.アングロ
15.アングロ
◇    ◇    ◇
終了後、湯島聖堂前の「風夢堂」にて打ち上げ

打ち上げでのひとコマ  PART1:ここでも演奏会が・・・

打ち上げでのひとコマ PART2:加藤氏がコンサティーナを。(右)

打ち上げでのひとコマ  PART3:たくさんの方が参加してくださいました。


コンサティーナに興味のある方、これから習得したいかた方のお問い合せもお待ちしております。

お問い合せ 坂田古典音楽研究所
03-3836-6133 メールにて
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